人のコンテンツを消費する時間を減らさないと、自分の想像を形にすることはできない。ぼくはそのように思ってる。時間が確保できないし、世に何かを残すことができないからだ。大切なのはコンテンツ消費ではなくコンテンツ制作だ。
いや、もっと正確に言えば、「コンテンツを消費しながらコンテンツを制作する」ことが大切だ。
学ぶだけでは、現実の環境は変わらない
面白い動画はたくさんある、今でもなお、たくさんの人がショート動画を見ている。勉強の動画を一生懸命見て、自分を成長させようとしている人がいる。いいコンテンツもあれば悪いコンテンツがある。悪いコンテンツは、もちろん見ない方がいい。自分の脳に毒だから。その一方で、自分にとってプラスになるコンテンツは、確かに悪くないかもしれない。
だけど、これはちょっと残酷かもしれないけれど、他者に見てもらえる何か、役に立つ何かを生み出さないと、自分を取り巻く周囲の環境は何も変化していかない。内面は変化していくかもしれないが、どんなコンテンツであれ、それしか続けていないと、モヤモヤした状態が続く。僕の経験を踏まえて感じる。そしてふとした時に「何で勉強動画を見て勉強しているんだろう」「何で本を読んでいるんだろう」「何で学んでいるんだろう」と考えるようになって、自分にとってプラスになるコンテンツの消費すらやめてしまう。
それを繰り返す。
大切なのは、学びながら自分でも表現すること
ここで大切なのが、「人のコンテンツで学びながら自分で何かを表現する」ということだ。学びを内側に溜め込むだけじゃなくて、学びながらしっかりと外に出していく。
環境を変えるためには、まず人に信頼してもらわないといけない。「この人なら信じてもよさそうだ」「この人から何かを得たい」「この人についていきたい」そう思ってもらいつつ、外部とのつながりを持っていかないと、環境は変わっていかない。なぜなら、人と人とのつながりの中でしか、この人間社会では変わっていけないから。そのためのツールとして、自分が何かを持っていないといけない。他人はあなたの内部を完全に見透かすことはできないからこそ、他者に見てもらえる何か、役に立つ何かを生み出さないといけない。
「あなたという人間」をコンテンツによって理解してもらって、信頼確保につなげる必要がある。僕が数年間自分で考え行動してきた結果、「今のところ」見つかった結論だ。
最初から正解はわからなくても、作り始めるしかない
しかしここで「じゃあ何のコンテンツを作ればいいの」「それはわかってるけどできないんだよ」と感じる人がいるかもしれない。だけど、最初はみんな分からない。コンテンツ制作をしている人さえ、今の行動が正解なのかわかっていない。少なくとも僕自身は、今の行動が正解なのかわからない。それでも、とにかく自分ができる範囲の中で作っていくことが大切だ。
自分が今学んでいることをわかりやすくまとめて発信してみたり、AIなどを駆使してイラストやスライドを作成したり、動画で伝えてみたり、文章で伝えてみる。物を作れるならなるべく安い費用で物を作ってみる。物に関しては、実世界とデジタルの両方で作ることが可能だ。
このようにして、「自分とは何者なのか」を世の中の人に伝え続ける。「社会で必要とされているのか」もあわせて考えながら。
環境を変えたいなら、限られた時間の中でも出し続ける
しかしこれは膨大な時間が必要で、日々積み重ねていかないと実現できない。1日24時間で人それぞれやるべきこともたくさんある。でも、本当に環境を変えたいと願っているなら、限られた時間の中で、何とかしてコンテンツを世に出していかないといけない。世に出しても、絶対に成し遂げられるかは、これもまた誰にも分からない。
コンテンツ消費だけでは内面は変化するが環境は変わらない。自分のコンテンツを生み出せば、もしかしたら環境が変化するかもしれない。しかしこれは「やり続ける」「生み出し続ける」ことが前提だ。
そんなことを考えながら、僕は日々限られた時間の中で今日も行動してる。行動できている。簡単ではないけれど、そもそも人生そのものが難しいゲームなので、簡単を求めず淡々と進んでいく。
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